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  • 2010.04.12 Monday
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「くだらない」は「百済ない」ではない

 これもよく聞くのだが「くだらない」という言葉は「百済(くだら)がない」が語源で「百済のものでない」、つまり「価値がない」ということだ・・・というまことしとやかな語源説がある。俺は高校の時、歴史の時間にサヨクっぽい教師にそう教えられたもんだ。そのときはそうかと思っていたが、考えてみるととんでもない話だ。だって「くだらない」は現代語じゃん。百済が滅びたってのは7世紀だろ。「くだらない」なんて言葉はあったのか?

 その疑問に答えてくれたのが野平氏の本だった。野平氏によると「くだらない」という語ができたのは明治以降、それ以前は「くだらぬ」で、それすらも室町時代にできたのだという。「くだらない」は「百済ない」ではない、「くだる」の否定形なのだ。語源説については野平氏の本を読んでもらうとして、もっととんでもないのが、この「説」の来歴だ。
 
 実は「くだらない=百済ない」説を広めたのは日本人だという。戦前、朝鮮への植民地支配を正当化するため「百済はくだらない国」などと言っていたのが、戦後、韓国人によってぜんぜん別な意味に作り変えられ、「くだらない=百済のものじゃなければつまらないモノ」などという説が一人歩きし始めたのだ。どっちも誤りなのだが。でも、敗戦で時代が変わって、韓国人が作り変えた説はどんどん広がり、今日のようなとんでもない「学説」が形成されたのだという。

 それを広めるのに一役買ったのが在日学者の金容雲だ。コヤツは「百済はくだらない国」説には激怒しながら、「くだらない=百済のものじゃなければつまらないモノ」説には諸手を上げて賛成らしく、自分の著書にまで書いているという。自分の信じたいことが真実、という典型的な例だ。どっちも誤りなのだが。まったく百済ない話だ。

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