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  • 2010.04.12 Monday
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嫌韓流とアンチ嫌韓流について

 



ここまで野平氏の『韓VS日偽史ワールド』について駆け足で見渡してきた。この本の末尾に『マンガ嫌韓流』と『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』に対する批判がある。

 『マンガ嫌韓流』への批判といえば「絵が下手だ」とか「韓国人を見下している」とかいうカスリもしない批判が多くてウンザリする。そんなこというなら、ネットで日本バカにして「チョッパリ」だとか「ニホンザル」だとか「倭寇」だとか差別用語並べ立てている韓国人のほうがよっぽど問題だわ。よくもまあ韓国語にこんな汚らしい語彙があるもんだと思うほどの低レベルぶりである。こんな批判では『マンガ嫌韓流』を批判したことにはならない。「韓国人のほうがもっとひどいですよ」と言われるのがオチだ。

 一方の『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』は自称韓国研究者が集まって書き上げた批判書だが、タイトルでわかるように『マンガ嫌韓流』がはじめっから間違っているという前提のもとで書き上げられたものだ。だからコジツケや理論の飛躍、問題のすり替えが非常に多い。たとえば「植民地時代に朝鮮が近代化した」という『マンガ嫌韓流』の主張に「植民地支配の結果だったから、悪の産物であり、近代化にはならない」という批判を浴びせるようなパターンである。問題になっているのは「植民地時代に朝鮮が近代化したかしないか」であって、それがいいか悪いかではない。近代化や植民地政策は慈善事業ではないのだ。「明治維新は悪だったか」を論じるようなものであって、意味がない上に問題をすりかえており、批判になっていない。おそらくは「植民地でオメエラ日本人はこんな悪いことをしたんだ!!」と言い募って、無理やり日本人の口をふさごうという作戦なのだろう。さんざん使い古してきた手だよ、これは。

 野平氏の『マンガ嫌韓流』批判はこれとはまったく異なっている。(つづく)

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