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  • 2010.04.12 Monday
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「古代ハングル」

 前回の続き。

 このように韓国の民間学者は、でっちあげられた日本の神代文字を「古代ハングル」だと主張しているわけである。それだけなら、単なる笑い話で済む。(済まないが)
 問題なのは、日本ならトンデモ学者のトンデモ所業として、ほとんど無視されるこのような奇行が、韓国では大真面目に報道されるということだ。

 1994年12月19日付けの文化日報という韓国の日刊紙(一応、主要な日刊紙だという)は、日本の神代文字の写真を1面トップで掲げ、「古代ハングル」だと報じたという。この神代文字は宮崎県にある神社の境内に立てられた石碑に刻まれたもので、江戸時代も末期のものだという。

 常識で考えれば江戸時代の石碑に刻まれている文字が古代ハングルであるわけがない。ハングルは(日本の)室町時代に完成しているわけだから、正常な思考回路の持ち主なら、神代文字のほうがハングルをもとにでっちあげられたと考えるだろう。

 しかし、この「発見」に有頂天になった文化日報の記者は、このニセハングルを「古代ハングル」と断定。李寧熙(あの、「万葉集は韓国語で読める」という本を書いていた怪しげな民間学者)やら、同類のトンデモ民間学者のコメントを大々的に掲載。すっかりニセハングルを古代文字扱いしている。

 韓国の新聞記者は事実確認とか検証取材とかを行う能力がないのだろうか?

 どうしてこんな報道をするかというと、やはり「韓国(朝鮮)は偉大で、漢字伝来以前に固有の文字があった」と信じたいためだろう。しかも、日本人のでっちあげを利用して、歴史をでっちあげている。

 日本人の歴史歪曲は許せなくても、自分たちに利用価値があれば、それはそれでいいらしい。

 でも、日本人にそれを指摘されると逆切れして怒り出す。ほんとに韓国という国はミステリーだらけである。

「古代ハングル」

 前回の続き。

 前回でも述べたとおり、ハングルは15世紀に作られたわけだが、それを信じたくない韓国の国粋的な民間学者は「ハングルは古代からあったはずだ」と主張している。なぜなら、こうした民間学者らは「古代韓国は世界に冠たる文化を持っており、中国とも肩を並べていた」などと信じており、文字くらいあって当然、と思っているからだ。

 しかし、悲しいことに、古代ハングルが朝鮮半島で使われた形跡など皆無なのだ。皆無なのが当たり前で、古代にハングルなどなかったのだから。
 
 それで「古代ハングル」を信じる韓国の民間学者が目をつけたのが日本の神代文字だ。

 神代文字というのは漢字が日本に入ってくる前に日本にあったとされる、日本オリジナル(とされる)文字である。ただ、これは江戸時代の国学者のでっちあげで、おまけにハングルなどをもとにして捏造された文字だというのが学界の通説だ。

 ところが、どう間違ったのか、韓国の民間学者は、この神代文字を「古代ハングルだ!!」と主張しているのである。日本の国学者のでっちあげを本気で間に受け、「日本の古代文字がハングルなのだから、古代ハングルはあったのだ!!」などとトンデモな主張を展開している。

 同病相哀れむというべきか、類は友を呼ぶというべきか。

 日本の歴史歪曲をことあるごとに批判している韓国人が、こともあろうに日本人のでっちあげた神代文字を信じているのだ。
 彼らの歴史認識がいかにご都合主義的なものかがよくわかる。

 こうした動きが一部民間学者に限られたものなら、大して問題ではない。(問題だが) 

 中央日刊紙までが「古代ハングル」説を真に受けて1面トップで掲載したというから、問題の根は深い。

 (つづく)

「古代ハングル」

 前回のつづき。

 つまり、韓国の歴史を輝かしいものに見せかけようとするためには、史実であれ、嘘であれ、利用価値があれば、何でも利用するという姿勢なのだ。そして、その利用する偽史が日本人のでっち上げた嘘八百でもかまわないらしいのだ。日本人の歴史認識をあれだけ批判している韓国人が、日本人のでっちあげた偽史を利用しているとは、何とも驚くべき現象だが、つじつまの合わないのが韓国人の歴史認識なので、深く考えてもどうしようもない。

 
 つじつまが あわなくても いいじゃないか 韓国だもの −みつを
 
 まあ、それはそうとして、野平氏が指摘している典型的な偽史の利用が、「古代ハングル」だ。

 「古代ハングル」とは一体何だ?

 これには、ちょっと事前知識が必要だ。

 韓国語を表記する文字・「ハングル」は、15世紀になって作られた。朝鮮の4代目の王・世宗大王によって作られたのだ。1443年のことだ。

 それ以前には朝鮮には朝鮮語(韓国語)を表記する独自の文字はなかったというのが定説だ。(万葉仮名のような漢字の音訓を借りた表記法はあった)しかし、これは偉大な韓国を望む韓国の国粋主義者には気に入らない通説なようで、通説に飽き足らない一部の国粋主義民間学者は「15世紀以前にもハングルは存在した」「古代にもハングルは存在した」と主張している。

 これが「古代ハングル」である。(つづく)


「古代ハングル」

 さて、長らく更新をサボってしまったが、その間、ネットテロだの何だの韓国がらみのウザい事件が多く、ひさびさに再開することにする。

 野平氏の『韓国人の日本偽史』の紹介である。

 出てからもう8年もたつ本であるが、その内容は少しも色あせていない。これは、韓国人の夜郎自大で荒唐無稽で支離滅裂な主義主張が、8年前とまったく変わっていないということを示すものなのだ。野平氏の本を読んだ当初は、俺も半信半疑だったが、ネット上で、あるいはナマで韓国人に接してみて、認識を新たにせざるを得なかった。

 韓国人の主張のおかしなところは、ことあるごとに日本人に対して「歴史歪曲をやめろ!」と言っているくせに、自分は平気で歴史歪曲を、それもちょっと調べればわかる歴史歪曲をやることだ。つじつまの合わないことに、日本人のでっちあげたトンデモ説や作り話を引用して、自分の国の歴史を粉飾決算するのに利用している例があるのだ。

 その一つが野平氏が著書で指摘している「古代ハングル」だ。(つづく)

「くだらない」は「百済ない」ではない

 これもよく聞くのだが「くだらない」という言葉は「百済(くだら)がない」が語源で「百済のものでない」、つまり「価値がない」ということだ・・・というまことしとやかな語源説がある。俺は高校の時、歴史の時間にサヨクっぽい教師にそう教えられたもんだ。そのときはそうかと思っていたが、考えてみるととんでもない話だ。だって「くだらない」は現代語じゃん。百済が滅びたってのは7世紀だろ。「くだらない」なんて言葉はあったのか?

 その疑問に答えてくれたのが野平氏の本だった。野平氏によると「くだらない」という語ができたのは明治以降、それ以前は「くだらぬ」で、それすらも室町時代にできたのだという。「くだらない」は「百済ない」ではない、「くだる」の否定形なのだ。語源説については野平氏の本を読んでもらうとして、もっととんでもないのが、この「説」の来歴だ。
 
 実は「くだらない=百済ない」説を広めたのは日本人だという。戦前、朝鮮への植民地支配を正当化するため「百済はくだらない国」などと言っていたのが、戦後、韓国人によってぜんぜん別な意味に作り変えられ、「くだらない=百済のものじゃなければつまらないモノ」などという説が一人歩きし始めたのだ。どっちも誤りなのだが。でも、敗戦で時代が変わって、韓国人が作り変えた説はどんどん広がり、今日のようなとんでもない「学説」が形成されたのだという。

 それを広めるのに一役買ったのが在日学者の金容雲だ。コヤツは「百済はくだらない国」説には激怒しながら、「くだらない=百済のものじゃなければつまらないモノ」説には諸手を上げて賛成らしく、自分の著書にまで書いているという。自分の信じたいことが真実、という典型的な例だ。どっちも誤りなのだが。まったく百済ない話だ。

ワッショイの語源は「ワッソ」ではない

 野平氏の著書『韓国人の日本偽史』の続き。

 よく、したり顔に「日本の〇〇は実は韓国の〇〇なんです!!」と語っている進歩派文化人がいる。自分でも韓国のことなどよくわかりもしないのだが、そう語っておけばいかにも自分が国際派で有識者であるかのように見せかけられるし、韓国人からも「これは良識的な日本人ニダ!!」という評価を受けるわけで快感に浸れるからだろう。
 問題なのはそうした言説に嘘八百が多いってことだ。この「ワッショイの語源は韓国語のワッソ」もそうしたウソの一つだ。お祭りのときの掛け声「ワッショイ」は実は韓国語の「ワッソ(来たぞ)」だというのだ。何でも奈良時代だか飛鳥時代だかに朝鮮半島から渡来人が来て、「日本に来たぞ!」と言ったのが語源だというのだが。

 ところが野平氏が検証したところによると韓国語の「ワッソ」などという語形は近世に入ってからできたもので、奈良時代にはありえない語形だというのだ。大阪には「四天王寺ワッソ」という韓国人と日本人がつくった変な祭りがあるのだが、そこでもこうした嘘八百が語られてきたという。

 この祭りには古代史の権威・上田正昭(京都大学名誉教授・江上波夫の弟子)が顧問となっているのだが、コイツは韓国語には無知らしい。京都大学名誉教授でも馬鹿をやることはあるのだ。ともかくこういう嘘を垂れ流して喜ぶのは韓国人だけだから、もうちょっと考えて身を処してほしいもんだ。

 四天王寺ワッソも後援団体の在日の不祥事で取りやめになったらしいが喜ばしいことだ。でもこういうのって、韓国人がいつも非難している歴史歪曲ってヤツじゃねーの?

バカチョンカメラのチョンは「朝鮮人」ではない

 『韓国人の日本偽史』の内容の紹介。

 バカチョン・カメラ(もう死語だが)の「チョン」が「馬鹿でも朝鮮人でも」という理由で、人種差別を煽る差別語とされている。ところが、実はこの語は「朝鮮人」を指す言葉でも差別語でもないという。野平氏によれば、この「馬鹿でもチョンでも」という言葉は幕末からあったといい、その当時は朝鮮人と無関係に使われていたという。「チョン」は「ピンからキリまで」の「キリ」と同じようなビリをあらわす言葉だったらしい。

 ところが、偶然にも朝鮮人を侮蔑する「チョン」という言葉があったために、「馬鹿でもチョンでも」の「チョン」も同じ意味だろう、という適当な解釈で差別語にされ、公の場では使うことができなくなってしまったらしい。ここまでが野平氏の主張。

 こう書くと「語源や理由はどうあれ、朝鮮人が聞いて不快なんだから、チョンという言葉はやめるべきだ」などともっともらしいことを言う韓国・朝鮮人や日本人がいるんだが、それだったら「ちょんまげ」や「ちょんのま」、「けちょんけちょん」もダメだろう。

 って言うか、韓国や北朝鮮では日本人のことを「チョッパリ」だの「ウェノム」だのニホンザルだのナンだの侮蔑しているんだが、それはいいのかね。差別語でもない「チョン」に文句つける位、人権意識がお高いのだったら、そっちのほうから何とかしてほしいもんだ。

書評再開!

 長らく更新をさぼってしまった。

 その間、いろいろなことがあったが、中でも大きなニュースは昨年8月に起きた事件だ。韓国のどっかのケーブルテレビ局だかが野平氏を無許可で取材しに行って、取材を断られた腹いせに日本人の二面性だのナンだの、こきおろし報道を行ったというもの。 

 何でもその韓国のテレビ局は取材断られているのに、許可もなく無断で野平氏の職場に忍び込み盗撮しているところを警備員に捕まってつまみだされたということだ。海外に取材に行くのに前アポもとっていかないのだから、無計画なのか、または最初から悪意に満ちた取材を敢行するつもりだったのだろう。その腹いせにこきおろしするんだから、悪質なストーカーと同じだな。何でも低俗なお笑い芸人の出ている芸能番組の収録が目的だったらしいが、報道では時事番組のレポートでもしに行って断られたように脚色してありますな。

 まあ、韓国に住んでいた俺に言わせりゃ取材拒否は当然の選択だったな。あいつら、日本人を取材するときは「日本人はこんな常識のない奴らです」という結論のもと取材して、都合のいい部分だけ抜き取ってテキトーに編集し、放映する。あとはどんな抗議が来ても結果オーライなのだ。

 ときどき「日本のこんなところを学びましょう」という結論のもと日本人をそそのかして韓国の欠点を指摘させ、同じく都合のいい部分だけ抜き取ってそれをテキトーに編集し、放映することもある。結果的に取材対象者が周囲の韓国人から白眼視されることもあるが、そんなことは奴らの知ったことじゃないのだ。
 誠実に取材に応じたところで、悪意のある意図的な報道に利用されてハメられるか、啓蒙番組に利用されてホメ殺しされるか、どっちか。

 KBSだのMBCだの大手放送局からしてそうなのだから、零細ケーブルテレビの取材態度など、推して知るべし。韓国じゃ、日本人に何を言っても文句は来ない。こう書くと、すぐ韓国人はそんなに悪質じゃないとかすぐ反論が来る。俺だって韓国人すべてがこんな性悪だとは思わないよ。だけど報道機関の質や意識は低劣ですね。
 架空請求やオレオレ詐欺と同じで取材要請が来ても、即刻拒否。これが韓国マスコミへの正しい対処法だ。

 明日から野平氏の話題作『韓国人の日本偽史』のなまあたたかい書評をはじめます。

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